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クジ引き!「明後日の方向」代表対談2025
2025.05.12

登場人物
ヒザイミズキ ー司会
國松卓 ー2024年度 明後日の方向 代表
白井風菜 ー2025年度 明後日の方向 新代表
(代表挨拶:https://note.com/asatteno_engeki/n/n939f0895665c)
黒澤世莉 ー(コメントでの参加)
蔭山ひさ枝 ー(コメントでの参加)
松本一歩 ー(書き起こし)
(ヒザイ)
よろしくお願いします。
今日はですね、演劇サークル明後日の方向の代表・バトンリレー対談です。明後日の方向の代表がですね、このたび國松卓さんから白井風菜さんにバトンタッチされるということで、いい機会なのでちょっといろいろ喋っておこうぜ!という企画で進行させていただきたいと思います。
最初にですね、今日呼ばれたい名前と自己紹介を簡単にお願いしたいんですけど、まず私からいきますね。
明後日の方向のメンバーで、今日は司会という役割で一緒におしゃべりをします、ヒザイミズキと申します。
東京在住で、かつて劇団とかで舞台俳優をやってたんですけど、家庭の事情でいろいろあって一回辞めて、また明後日の方向で「ちょっと演劇できるかな?」みたいな感じで参加しております。
子どもが2人いて、普段は会社員です。
よろしくお願いします。
「ヒザイさん」か「ヒザイちゃん」でお願いします。
(國松)
明後日の方向の前代表の國松卓です。
2年前ぐらいまでは舞台俳優をメインで活動してましたが、今はちょっとお休みして会社員をやっています。
明後日の方向でちょっと演劇に関わらせていただいてる状態です。
呼ばれたい名前は「卓ちゃん」です。
よろしくお願いします。
(白井)
卓さんからバトンを頂いて、4月から今期の明後日の方向の代表になりました。
白井風菜と申します。
正直、私はまだ十分に参加出来ていないのに「このバトンを受け取って大丈夫なのかな」「どうしよう」っていう不安しかなくて、皆さんの活動の動画を見たりして「どうしよう、どうしよう?」って考えていました。
私は今は演劇をがっつりやりたい!とかっていう感じではないんですけど、でもいろんなライフスタイルや、いろんな仕事をしたり育児をしたりして、それでもやっぱり自分のやりたいことのために考え続けるっていうことをしてる人たちが集まっている団体がこうやって存在するっていうことが私はすごく嬉しくて、そこに入れていることをすごく誇りに思っています。
「演劇がすごいやりたい!」っていうよりも、「皆さんと関わっていたい」という気持ちの方が今はすごく強いんです。なので皆さんみたいに「これがやりたい!」「あれがやりたい!」って言えるように、自分の「やりたい!」を明後日の方向と関わっていく上で見つけたいな、と今は思っております。
「ふうちゃん」と呼んでください。
よろしくお願いします。
(ヒザイ・國松)
よろしくお願いします。
おさらい! 明後日の方向のこれまでー『赤目』(2021年12月)
(ヒザイ)
今回の対談はサークルの紹介も兼ねてと思っているので、そもそも明後日の方向って何なのかっていうところをちょっとおさらいしながら進めていきたいと思います。
ホームページに割といいことが書いてあるので、一番最初の3行を読むとですね。
「演劇が、一人ひとりに自由と豊かさをもたらす世界を目指します。
だれでも続けられる演劇活動のための、公演を目的としない演劇サークルです。
演劇を楽しむために、一人ひとりが主体的に関わる演劇サークルです。」
というのが明後日の方向の説明になります。
ただですね、いきなりサークルが爆誕したわけではなくて、最初の頃には公演をいくつかやって、やっと形になって始まったという歴史があるんですね。
それらの公演にはお二人も関わって来られているので、振り返って感想などもお聞きしたいと思うんですが、「明後日の方向」という名前で一番最初に登場したのが、2021年12月の『赤目』の公演でした。こちらは卓ちゃんが出演されてましたけど、当時を振り返ってみて、どんな公演でしたか。
https://asattenohoukou.com/akame

(國松)
あの時はずっとすごい手探りで…、コロナ真っ只中だったんですよね。だから接触もできないし、出演者の中には東京以外の方もいらっしゃったので対面して稽古をすることもあまりできない中でオンラインをメインに稽古していて、それから10日から2週間ぐらいの集中稽古で固定の稽古場を借りて、詰め込んで、みたいな感じでした。
そういうつくり方が初めて過ぎて「どうなるんだろう?」みたいな不安とワクワクがない混ぜになったような感じでした。結局『赤目』って、どっちかっていうと台詞劇というよりは「体動いてなんぼ!」みたいな演劇だったので、オンライン稽古の時から「この短い集中稽古でこの『赤目』は生まれるんだろうか!?」みたいな不安はありました。けどみんなでなんとかアイデアを出し合って、なんとか作り上げて。
明後日の方向の公演自体が「稽古場の延長線上」みたいなコンセプトもあって、普段の公演だったらもちろん上演した作品が完成品みたいな形で見せることの方が多いと思うんですけど、明後日の方向としてはまず通過点、という感じの作品として、まずはお客さんに見てもらえたみたいなことがとても嬉しかったな、と思いました。
初めての公演でいっぱい課題も生まれたので、それをなんだかんだ、ああだこうだ言いながら、今もみんなで一緒に考えながら頑張ってるという感じですけども。思い出深い公演だなぁと思います。
(ヒザイ)
ありがとうございます。
コロナ禍で演劇界って結構激動の変化のただ中にあって、いろんな公演が中止になったりとか、舞台と客席との間にすごい間を空けるとか、そもそも演劇公演ができるのか、みたいな時代だったので、今となってはけっこう当たり前なオンラインでの稽古と稽古場での対面の稽古のハイブリッド、ということも試しながら実験をしていたような感じがありましたよね。
いま卓ちゃんが言ってくれた「完成品をお見せする」というよりは「通過点である」みたいなことも、当時まだね、明後日の方向という形はあんまりできてなかったけど、結局今も明後日の方向のステートメントで言っているような「公演は『目的』ではなく作品作りの『過程』であり『結果』であると考えます。」ということにも結構つながっているな、っていうことは思いました。
ありがとうございました。
(國松)
初めてマスクしながら稽古したかも。
(ヒザイ)
あったね!
(國松)
顔が全く見えない状態で対面するみたいなことがそれまでなかなかなくて、新鮮だったというか。
当時は普段の生活もみんなマスクしてるから、マスクを取った時のみんなの顔がどこか知らない人みたいな感じでちょっと気恥ずかしかったな、みたいなことを覚えてます。
(ヒザイ)
懐かしいな。逆にオンラインの方が顔全部見えるもんね。
(國松)
そう、オンラインだと顔が見えているのに、対面で顔を合わせるとみんなマスクしてる、みたいな。なんか変な感じだったなと思います。
(ヒザイ)
たしかに、懐かしい…。ありがとうございます。
おさらい! 明後日の方向のこれまでー『長い墓標の列』(2022年11-12月)
(ヒザイ)
その次がですね、『赤目』の翌年で2022年の11月から12月に、『長い墓標の列』という公演を東京でやっているんですけど、そこにふうちゃんは出演していて。
https://asattenohoukou.com/bohyou

さっきの自己紹介には重要な情報が入ってない気もしたけど、風菜さんは東京の人じゃないんですよね。
(白井)
はい、静岡県の浜名湖分かりますか?静岡県の一番西側の、ほぼ愛知県みたいな…。
愛知県と静岡県の県境ぐらいのところに住んでいるので、『長い墓標の列』の公演の時は東京に滞在しました。
初めはリモートで稽古して、本番のどのくらい前からだったかは忘れちゃったんですけど、とにかく短い期間東京に滞在して、みんなで集まって作って本番を迎えたような気がしています。
もうすごい忘れちゃいました(笑)。
(ヒザイ)
この公演では明後日の方向の今のメンバーである(蔭山)ひさ枝さんとふうちゃんに静岡県からはるばる参加していただいて、たぶん、いろいろ大変なこともあったかと思うんですけれども。どうでしたか?
(白井)
そうですね、何でしょうね…。
たぶんお互いを配慮して、その配慮がどんどん遠慮に変わっていって「もう何も言えない」みたいな、張り詰めた空間みたいになっていた、というのが私の印象なんですけど。
静岡から来ていたひさ枝さんと2人でもう、東十条の駅で「静岡に帰りたい!」ってずっと言っていて…。
「そういうこともみんなで話すときに言えればよかったけど、言えない空気だったね」みたいなことをひさ枝さんとも話して、最後の振り返りの時にも「理由はよく分からないけど、なんかみんなギュー、ってなってたね」という話をしていました。
大変というか、なんですかね。(コミュニケーションが)アクティブにいくように作品作りをしているつもりが、かえってみんな遠慮の塊というか、もうみんなが本当のことを言えない空間になっちゃっていたなと思って。
たぶんそういう中でも、不安と戦うというか、この未完成の状態をお客さんにお見せするっていうのもたぶん、それはそれでこの団体としては全然アリだったから、なんか苦しいって思った時はこれで大丈夫なんだよね?みたいな感じで、みんなで確認しながら本番を迎えていた記憶があります。
でもお客さんの反応としては「こんな現場を見せてもらえるなんて、珍しいことですよね?」みたいなポジティブな反応があったりして。私たちとしては「こんな状態で見せていいのかなぁ…?」っていう葛藤があったんですけど、でもお客さんとしてはすごくいいもの見た!ということを仰っている方が結構多かったので、「ああ、明後日の方向はこういう風に進んでいくんだな」って思いつつ、苦しみつつ、いろんな気持ちがありました。
(ヒザイ)
ありがとうございます。いろいろ言いにくいことや、思い出したくないこともあったかもしれないんですけど…。
『赤目』が明後日の方向としては最初の公演だったけど、二回目の公演『長い墓標の列』の時にはハラスメントの講習を専門家の方を招いて実施するっていうことを始めたり、稽古場の連絡窓口を作ったりとかして。
やっぱりみんないろいろ無理をしてやってくれている中で、なるべくそこをフォローできるように、って考えてやった公演ではあるんだけど反省点もいろいろ出てきて、何事もチャレンジと振り返りだな、って思います。私も『長い墓標の列』はスタッフ参加だったんですけど、いろいろと反省の残る公演です。
ふうちゃんが静岡に帰りたいって思っていたらしい、という話は聞いてたので。
(白井)
本当ですか!
(ヒザイ)
だから今回、明後日の方向ってサークルのメンバーになりたいって言ってくれて、「『長い墓標の列』のときは辛かったらしいのに、いいのね?」みたいな気持ちになったんだけど、そこはふうちゃん的には、「あんなところには二度と関わらないぞ」みたいな気持ちにはならなかったんですかね。
(白井)
そうか、確かにそうですよね(笑)。苦しかったんですけど、でもなんだろう、「明後日の方向が憎い!!」みたいな感じでは全然なくて…。
(ヒザイ)
憎くてここにいたら、ねえ…。
(國松)
ちょっと怖くなっちゃうけど(笑)。
(白井)
たぶんですけど、参加するのも『長い墓標の列』の公演が終わってすぐではなかったので心が癒えたというか。公演の時は集中して物を見過ぎていたなっていうこととか、もっと全体を俯瞰して見ている自分がいれば、たぶん苦しいこともなかったかな、とか。公演が終わってからいろいろ自分の中でも振り返って、気持ちがちょっと変わっていたのかなと思います。
やっぱりホームページにも載っているように、明後日の方向のあり方というものに私はすごく強く共感できるし、明後日の方向と関わるっていうタイミングで地元の静岡で演劇をやるっていうことがあんまり想像ができていなかったこともあって。もし私がいま関わるとしたらやっぱり明後日の方向の方がうまくというか、続けて関われるかなっていう気持ちがあったんだと思います。
『長い墓標の列』が終わった直後はちょっと心は辛かったですけど、明後日の方向にはいつでも稽古にも出られるような安心できるルールや決まりがあるので、今回も気軽に参加できたのかなって思います。
(ヒザイ)
よかった、ありがとうございます。
そういう受け皿というか、演劇を続けていくにもフルでできるわけじゃないし、どうしようかなっていう人たちのための居場所になれたらいいなっていうことはすごく思うので。自分ももちろんその当事者なんですけど、ふうちゃんがそれで明後日の方向を選んでくれたのはすごく嬉しいなって思いました。ありがとうございます。
おさらい! 明後日の方向のこれまでー『赤目/長い墓標の列』@座・高円寺(2024年1月)
(ヒザイ)
実は、明後日の方向ではもう一回公演があってですね。
昨年(2024年)の1月に、いま話に出た『赤目』と『長い墓標の列』という二つの作品を、二本立てで座・高円寺で再演するということがありました。『赤目』の方にまた卓ちゃんが出演をしていて、『長い墓標の列』の方には私も初めて出演をしていたんですけど、卓ちゃんこの時はどうでしたか?

(國松)
座・高円寺の『赤目』は大変でしたね…。僕は会社員で、今とは働き方が違ったので稽古にもなるべく参加できるように柔軟に働かせていただいたりもしていたんですけど、明後日の方向の目標とする「主体的な参加の仕方」というのを実現していくのはちょっと難しかったなと思いました。
明後日の方向は誰かに「参加しろ」っていう風に強制されるような団体ではないということもあって、蓋を開けてみたら思ったより稽古に人が集まらなかった、みたいなこともありましたね。稽古期間自体は長くとってもらっていたんですけど、序盤はなかなか稽古が進まなくて、結局後ろに詰め詰めになっていったみたいなこともあったりして。
私の参加の仕方が難しかった、というような個人的な問題もちょっと含まれていて、そこはまだ団体の問題と切り分けて考えられてないんですけど…。もうちょっといい参加の仕方があったんじゃないかなと個人的にも反省しました。
公演としてはいい公演だったな、とは思いました。楽しかったです。
(ヒザイ)
「いつも大変じゃん!」っていうコメントも来ていますね(笑)。振り返ってみると「大変でした」っていう公演が続いていく明後日の方向ですけれども。
「公演は『目的』ではなく作品作りの『過程』である」っていうことで言うと、一回目の『赤目』があった上で二回目の『赤目』があって、出演者は一部入れ替わって、卓ちゃんも役が増えたりとかしてたけど、でもやっぱり一回目からの積み重ねという部分はありますよね。
(國松)
一回目からの積み重ねもありつつ、加えて新しい役もやりつつ、みたいな感じでしたね。
(ヒザイ)
俳優としての負担は増えているという。
(國松)
それをやるって言ったのは自分なんですけど、途中で「なんで『やる』って言ったんだろう…」ってちょっと思ってました(笑)。
(ヒザイ)
わかる…。
(國松)
「すげえ大変じゃん!!」と思っていました。
(ヒザイ)
大変だったね。卓ちゃんは初演と同じ役と、初演で別の人がやっていた役の両方をやって、もともと台本上では「一人二役」っていうような書かれ方をしてるんだけど、両方の役をやるとなるともうずーっと舞台上に出てる、みたいなことになる役でしたね。
(國松)
役としては戯曲に「二つの役を一人でやる」っていう風に書かれてることもあって、そうすることで上演としては意味が通るところもあったのかな、初演より分かりやすい部分もあるのではないかな、と思いました。
(ヒザイ)
でもまあ大変だったということですね。
(國松)
そうですね(笑)。
(ヒザイ)
ちなみにふうちゃんってこの公演では関わってないけど、傍から見ていてどうだったとか、その当時の記憶はあったりしますか?
(白井)
この時はクラファンしてましたよね?
(ヒザイ)
してましたねえ。
(白井)
私はたまにSNSとかでみんながそれぞれのことを紹介している様子や、地域で演劇をしている出演者の方たちの対談みたいなのを見たりしていました。
(ヒザイ)
クラファンの特典のパンフレットで、東京以外から公演に参加してくれたチームの対談と、私と直江(里美)みたいに子供がいながら公演に参加してた人たちの対談を載せましたね。
(白井)
そうですよね。「ああ、こういうのいいなぁ」って思いながらそれを見ていた覚えがありますね。いろんなところからいろんな方たちが公演に参加していて、「いいぞ、いいぞ!」って思って見てました(笑)。
(ヒザイ)
ここにいる3人もそうだけど、明後日の方向ではいろんな条件であんまりフルでは演劇ができなくなっている当事者の人というのもいるし、東京以外で活動してる方々とも一緒に演劇がやりたいっていう目標もあって、その両立がなかなか難しいっていうこともやってみてわかりましたね。
チャレンジしてみた結果「こっちの都合に合わせると、こっちの都合が悪い」みたいなことがよく分かって課題も見えたということをその対談では話したりしました。ありがとうございます。
この座・高円寺での公演終了ぐらいまでが、明後日の方向の第一期というか。
それまでは誰が明後日の方向のメンバーなのかよく分からない、アメーバ状のふわふわとしたものだったのが、座・高円寺での公演中から公演終了後にかけて「今後も明後日の方向という団体の人として続けたい人はいますか?」というアンケートを実施して、いまも明後日の方向にいる方々が「私やりたいです」って言ってくれて現在のサークルの形ができてきた。それが2024年の春かなと思っています。
明後日の方向の代表の決め方
(ヒザイ)
今ふうちゃんが明後日の方向にあり方に共感してくれたという話がありましたけど、あの明後日の方向のあり方を示すテキストもその時にすごいこねくり回して「ああじゃない、こうじゃない」「この書き方はこっちの心象が良くない」と考えて一生懸命作りました。
あと今回のこの話にもつながるんですけど「代表」というものを置くのか、置かないのか。置くとしたらどうやって決めるのか?みたいなことも、みんなで話し合って形を作って来たんですね。それで卓ちゃんが初代代表と言っていいのか、2024年の初代代表になってくれました。
(國松)
何もしていませんが…(笑)。
(白井)
ちなみにこの時の代表はどうやって決めたんですか?
(國松)
ビンゴをやりましたよね。
(白井)
ビンゴか!
(ヒザイ)
そうなんです。
(國松)
『赤目』と『長い墓標の列』の好きな台詞でビンゴをやったんでしたよね。
(ヒザイ)
そうそう、ただ数字でビンゴをするんじゃ面白くないというので、好きな台詞をみんな書き連ねていって、好きな台詞を言って穴を空けていく、みたいなことをやって。結構時間かかったよね。
(國松)
めっちゃ時間かかりましたね。「全然当たんねえでやんの!」と思って。
(ヒザイ)
私もまったく揃わなかったというのは記憶してるんですけど(笑)。
結局ビンゴで初代代表を決めることになって。そもそも代表っているのかな?みたいな話もあったりして。あとメンバーの中の静岡の(蔭山)ひさ枝さんがやっている劇団(劇団渡辺)では代表を決めるのに毎年選挙をしてるよ、という話を聞いたりもして、私たちにはどういうやり方がいいのかなっていう話があったんです。
それでやっぱり代表ってのはいた方がいいだろうということと、固定じゃない方がいいだろうっていうことになったんです。それは結局のところ、権力の集中みたいなことが起こるとハラスメントの土壌が作られたりとか、私たちが実現したい平等というか、横並びでみんなが自立して参加しているっていう状態から逆に遠のいてしまうんじゃないかなという懸念があって。それでもう完全なる運で代表を選ぶということを、これも試しながらやってみたということでしたね。
1年間代表をやってみて、卓ちゃんいかがでしたか。
初代代表・國松卓

(國松)
何もできなかったなと思いますけど、一番最初にビンゴしたので「やってみるか!」ぐらいのすごい気軽な気持ちで始めました。それは明後日の方向の代表のあり方みたいなものが、どっちかというと気軽な気持ちでやれそうなものだったというところが大きいかなと思います。
僕が普段は会社員をやっているから、明後日の方向にそんなに頑張って積極的に参加できるかっていうとそうでもない中で、何か明後日の方向への関わりが欲しいということも思っていました。
そこでたまたま代表というものが降ってきたので、それをやってみて自分にできることは何なんだろうかということを考えてみようかな、と思っていました。
これは僕の偏見も入ってるかもしれないですけど、明後日の方向の成り立ちとしては女優さんとかが結婚されたりお子さんができたりして活動を継続できなくなるような状況が生まれてしまう中で、明後日の方向としてはそういう人たちをどうやってケアしていくか、ということを考える側面が強くあると思うんです。
それに比べると僕は会社員をやっているくらいで、ハンデというハンデもそこまで大きくはないといった時に、じゃあどうやってこの明後日の方向の活動に貢献できるんだろうみたいなことを考えたんです。
一参加者として、明後日の方向の活動のために自分に何ができるかみたいなことを考えていこうとすることが、僕が代表として活動する中での一つのモチベーションだったかなと思います。
今考えると自分が代表としてやるっていってやっていることもあったり、途中でできなくなったりしたこともあったりして、きっちりと活動はできてなかったと思いますけど…。でもそれもすごくストレスがかかるようなことでもなくて、自分に何ができるのかということを常に考えながら明後日の方向と関われたのはとても良かったなって思います。
(ヒザイ)
「すごい良いこと言うな!」っていうコメントが入っています(笑)。「卓ちゃんそんなこと考えてたの?ちょっと知らなかったんだけど」みたいなことを私も今思いました(笑)。
やっぱり自分がこの1年間ただのメンバーでいるのと比べて、「代表」っていうのがついたことで卓ちゃん自身の変化というか、差はあったってことだよね。
(國松)
そうですね。僕がそっちの方がやりやすかったからっていうのもあるけど、代表だからっていうモチベーションでやってたっていうのはありますね。いいきっかけだったなと思います。代表だから自分が何かをやりたいって言ってやれることもある。メンバーだったらもうちょっと大人しくしてたんじゃないかなと思うし…。
『やどローザ』

(國松)
2024年は『やどローザ』(2024年7月1日)もできたので、すごくいい経験だったなと思っています。あれも「なんかやりたいね!」みたいなことから始まって、みんなが「そうだね!」「そうだね!!」って賛同してくれた人たちがどんどん集まってきて、一つのイベントになって。
メンバーの蔭山ひさ枝さんの団体が持っていた人宿町やどりぎ座っていう劇場が閉まってしまうという時に、団体として一つやどりぎ座にお返しができたことがすごく嬉しかったです。
こういう明後日の方向みたいな関わり方でも、思っているよりも気軽な気持ちで「何かやりたい!」って言ってもいいんだなと思えた経験だったので、それが大きかったかもしれないですね。
今となってはみんながやりたいって言ったことを、じゃあどうやったら実現できるのかな、という風に気軽に考えられるようになったということはあるかもしれないなぁと思います。
(ヒザイ)
すごく良かったですよね。
『やどローザ』と私たちが呼んでいるのは、ひさ枝さんがやっていた劇場が閉まってしまうという時のイベントの一環で、やどりぎ座で一日で『ローザ』をつくってみるという企画をぶち上げたんです。これまでの明後日の方向で、私たち三人ともが揃って参加してる企画はそれだけですよね。
(國松)
そうですね(笑)。
(ヒザイ)
それぐらいハードルを下げられたっていうのはすごいことだよね。愛知県に近いところに住んでいるふうちゃんも、東京に住んでいる我々も一日だけだったら新幹線で静岡まで往復できるじゃん!みたいなノリでですね、私も会社員ですけど一日休みを取って。
それまではオンラインで誰が何をやるかという打ち合わせをしたり台本を読んだりしていたんですけど、ほぼほぼ当日ぶっつけでやどりぎ座で準備をして、夜には結構たくさんのお客様にお見せすることができて、あんなことできちゃうんだみたいな。すごいフットワークが軽くできて良かったですよね。
(國松)
明後日の方向には他の地域のメンバーもいるのに公演をやっているのはまだ東京だけだったから、やろうと思えば他の地域でもやれるんだという、一つの大きな経験だったなと思います。

(ヒザイ)
本当だよね。ふうちゃんはどうでしたか?当時は本当に忙しくて、結構弾丸スケジュールだったと思うんですけど。
(白井)
そうですね。私は本当にオンラインでも稽古に参加できなかったので、普通にお客さんというか、ただ観に行くつもりでいたんです。
でも本番の数日前ぐらいから「出ればいいじゃん」「出ちゃいなよ」「いいじゃん、やっちゃいな!」みたいな感じで話していて、「おー?」と思いながら、とりあえず衣装用の黒っぽい服を持って行って、「本当にできるのかな?」と思いながらも勢いで本番に参加させていただいて(笑)。
静岡市でやったんですけどやっぱりちょうどいい場所というか、静岡って本当に日本の中心なんだなと思いました。私としても「参加していいの?」みたいな感じだったんですけど、こういう風にして一日で演劇を作りながら本当に楽しく過ごせたので、この団体としても私としてもすごい良かったなって思います。
(ヒザイ)
この当時ホストとして私たちを受け入れてくれたひさ枝さんも「私も嬉しかった」というコメントを今くれたので、本当にやってよかったですね。押しかけ女房みたいにみんなで静岡のやどりぎ座に行きましたけれども。
明後日の方向のメンバーじゃないけど、公演で関わってくれたスタッフの照明の(小林)愛子さんとか、演奏の(藤田)奏さんとかもこの時は参加してくれて、謎にみんなで静岡に集結してイベントをするっていうことができました。
やっぱり「なんでこんなに私たち演劇ができないんだろう?」って、私は自分の挨拶にも書いてるんです。すごく枷が多い時間をこんなに空けなきゃいけなくて、仕事か家族をどっちか犠牲にしなきゃ演劇ができないなんて、そんなバカなことあるか?みたいに思っていたけど、「こんぐらいハードル下げたらできんじゃん!」みたいな、そういう一例になったかなと思いましたね。
ありがとうございます。
去年、2024年に私たちがお客さんの前で表立ってやった活動はそれぐらいですかね。ちょこちょこオンラインでリハーサルをしたりとか、いろいろやってはいるんですけれども。そんな感じで2025年になって1年経つので次の代表を選ぼうということで、今度はあみだくじで決めることになりました。
2025年代表1・白井風菜
(ヒザイ)
昨年のビンゴは大変だったので、今年はあみだくじにしようということになりました。全員が揃うのはなかなか難しかったので、いない人の名前も入れて全員総当たりであみだくじをして順番をつけて、1番の人から「新たな代表になりましたけど、どうしますか」と聞くことにしました。
一応、拒否権があるんですよね。拒否権がないとすごい気に病んでしまう方もいると思うので。そうしたらふうちゃんが1番手で受けて下さったということで、どうでしたか?自分が知らないところで代表に決まった形でしたけれども。
(白井)
そうですね、そのあみだくじzoomのアーカイブを見て「ああ、すごい色々皆さん考えてくださってる!」と思いました。
Slackという明後日の方向でメッセージのやりとりをしているアプリも、私は意識して見ようと思わないと全然開かなかったりして未読のメッセージが溜まっていたり、私がメッセージを見る頃にはすでに話が終わっている、みたいなこともあったので、全然うまく参加できていないっていう感じだったんです。
それが「本当に代表になってしまった…!」って思いました。でも、やっぱりなんだろうな…。一年間明後日の方向と関わっていく中で、そんなにしっかり参加できなくてもいてもいいよって皆さん言って下さってるんですけど、それでもやっぱり主体的に参加できないからどうしよう?っていう思いもあったりして。
でもやっぱり、私が参加することで「静岡からも参加できる団体だよ」っていうのも売りになるし、とかいろいろ考えたり…。
(ヒザイ)
そんなことまで…!
(白井)
いろいろ迷いましたけど、今までは自分がやりたいって思うことが特になかったから「みんなが言うことをやろう!」という感じだったんですけど、でもここだったらきっと見つけられるはずというか、代表になったことで自分のやりたいことを見つけられる場所にしていこうとも思いました。それぞれ参加しているメンバーもやりたいことがポンポン出てくるような場所になればいいなって思って。
それにこんなに参加できない人が代表になったら、他のみんなもすごく参加しやすいんじゃないかって。
(ヒザイ)
素晴らしい。
(白井)
私が代表をやることで「誰でもみんな代表になれるよ!」って伝えたり、「次もあんな感じでやればいいんだ」ということを伝えられるかなって思いました。代表の連絡が来た時にもあみだくじ順に「代表1,2,3」という風に番号がついていたので、「無理だったら次の2番の人に渡せばいいか」みたいな気持ちでいました。
やっぱりはじめは参加することに対して結構本当にハードルが高かったんです。でも皆さんがすごい優しくて、優しいから自分の思っていることを言っても絶対受け入れてくれるって分かってるはずなのに、言ってしまったら今度は気を遣わせてしまうんじゃないか、みたいなことをいろいろ思ったりしていたんです。
でもまあ言ってみて、間違えちゃったら「間違えました」って言えばいいか!みたいな感じで、気軽に参加していきたいという意味も込めて代表を受けようと思いました。いろいろ考えたけど、このいろいろ考えたことも今日話そうって思っていました。
(ヒザイ)
素晴らしい。
(國松)
素晴らしいです!
(ヒザイ)
もう代表の仕事はほぼ引き受けてやってくれているだけで満点なので。
あまり参加していない、とか何ヶ月か顔を出していない人も含めてあみだくじをするべきかっていう話が、3月ぐらいに巻き起こっていたんです。
結局、参加率で代表の候補者を切るとか絞るっていうことをしちゃうと、そもそも私たちのサークルの趣旨に合わないというか、そういう人でも参加できる場所なんじゃないの?っていうことをたぶんメンバーの直江(里美)が言ってたと思うんですよね。
すごく頻繁に参加してる時期もあれば、ここからここの時期は忙しくってまったくリアクションできないっていう人がいていいはずだし、「私は明後日の方向のメンバーです」という意思表示さえあればみんな一緒、という考え方で今回代表選びをやってみて、実際それでふうちゃんが受けてくれたので、ああ、本当にやってよかった、という気持ちです。大成功。
どうですか、今のふうちゃんの決意表明を聞いて、卓ちゃん。
代表1の「1」について

(國松)
そうですね、よかったなと思います。
この対談の記事が公開される頃にはふうちゃんの就任挨拶も公開されていると思うんですけど、ふうちゃんが挨拶に「代表1」って書いてくれているのをみて「代表”1”って書いてあるな?」と思ったんです。
「でもそうか、ふうちゃんに代表に決まりましたという連絡をした時にはたしかにあみだくじ順で番号が付いていたから、代表”1”って書いてあるのか」と思って、最初はぶっちゃけ違和感を感じてしまった自分もいたけど、悪くないのかもしれないですね。
代表といってもそんなに具体的な立場があるわけじゃないから、これを機会に明後日の方向はみんなが代表だぜ!みたいな感じで活動していくのがいいんじゃないかな、みたいなことを思いました。
一応肩書きとしては「代表1・白井風菜です!」という風になっているけど、明後日の方向としては誰もが平等な中で活動していこうぜ、誰が上でも誰が下でもないという考え方でやっていこうぜ!ということがあるから、なんかいいんじゃないかなと思いました。
(ヒザイ)
やっぱ、「代表1」の「1」はふうちゃん的には大事なポイントですか?
(白井)
そうです。やっぱり1は大事で、これはなんか私も大事と思ってるし、あみだくじをしてくださった方々と、代表を決めるにあたっていろいろ考えてくださった方々の思いも入ってると思っていて。
(國松)
いろいろ汲んでくれてる(笑)!
(白井)
明後日の方向らしいんじゃないかなって。
次の年度になったらその代表1という”1”はなくなってるかもしれないけど、でもそれでも今の明後日の方向はこれがいいんじゃないかなっていうので、一応みんなの気持ちを集めて1を入れました。
(ヒザイ)
たしかにふうちゃんの就任挨拶に「代表1を務めることになりました」って書いてあって、「あ、ふうちゃんにとってこの『1』は大事なんだな」っていう理解はしつつ、「これたぶん、説明しないと読んでる人にはただの誤植だと思われるのかな?」と思って(笑)。
ここでちょっとその謎が明かされたかもしれないですけど。代表2は後藤(浩明)さんということになっていますね。
あみだくじをした時点では拒否権があるから、受けてくれるか分からないという意味で付けた便宜上の順番だったつもりだったけど、そこから広がって「みんな代表」っていうのもすごい、そういう解釈になるんだ面白い!と思って聞いていました。
ちなみに卓ちゃんは代表8、そして私は代表9という、後ろの方に控えているので。マジで私はビンゴもあみだも全然当たらないなってことは2年で分かりました。
代表1。
(白井)
「代表1」という風にして、違和感があると興味を持ってもらえるかなっていう意味もちょっと…。
(ヒザイ)
考えてるね!
(國松)
そうなんだ!
(白井)
そうしたら「何だろう?」って調べちゃうかなみたいな気持ちもあって。
(ヒザイ)
策士だな、ふうちゃん…。すごい色々考えてるな、卓ちゃんもいろいろ考えてる。
ちなみに私は二年連続、箸にも棒にも引っかからなかった平メンバーなんですけど、逆にね、代表にならなかったことで、たくちゃんが代表であるとか、ふうちゃんが代表であるってことですごくいやすくなったんですよ。
なんかたぶんね、代弁して違ったらごめんだけど、世莉さんとかもやっぱり演出家であるとか、もともと団体の主宰であるとか、私も自分で団体を主宰していたりとかすることでついついイニシアチブを取っちゃうみたいなところがある、と。
それが意図しているわけではなくて、別にそこを背負いたいわけじゃない、みたいなこともあるし、勝手に上下関係ができちゃって、自分が何か言ったことが指示になっちゃったり、みたいなことって結構怖い。この明後日の方向みたいな場でそうなりたくないっていう気持ちがあるので、そこをメンバーですっていう体だけでもちょっと軽くなって嬉しい、という効果がありました。
(白井)
よかった…。
(國松)
みんなにとって良い代表ですね。
(ヒザイ)
やってみたら良かった、っていう。代表として特にしなきゃいけない仕事はないんですよ。
だから気持ちの問題だね。逆にね、ふうちゃんは「代表はここでこういうことする!」って決めてやってもいいし、自由!
(國松)
自分で決めて何をやってもいいはずだから。
(ヒザイ)
もし権力の濫用が起こっても次の年には代表が別の人になってるので、明後日の方向は白井風菜帝国にはならないっていう仕組みになっています。
(國松)
すぐひっくり返されちゃうからね(笑)。
2025年、明後日の方向でやりたいことー湖西市へ

(ヒザイ)
「明後日の方向でこれからやりたいことはありますか?」というコメントが来ていますが、お二人いかがですか?
(白井)
そうですねぇ。
(國松)
僕は個人的にはその明後日の方向としての作品作りみたいなものを、今年度は形にすることができたらいいなぁとは思っていて。結局、公演が先に決まってそれに向けて稽古をしているみたいなことの方がやっぱり今までは多くて。
(ヒザイ)
おかしいな…。
(國松)
公演を目指してないはずの団体だったのに気がついたら公演してるわ、みたいな感じになってしまいがちだけど、どちらかというとじっくり作品を作っていきたいということの方が団体としては強いはずだから。
(ヒザイ)
世莉さんが茶々を入れてきていますね。「団体コンセプトを分かってない奴がいるんじゃないか?」っていう。ご自分のことですかね(笑)。
(國松)
今オフレコでやっている活動もあるけど、それを明後日の方向の活動として表に出していけるような道作りができたらいいなみたいなことはホワーンと思っています、って感じですかね。
(白井)
近いうちにとかじゃなくて全然いつになってもいいと思ってるし、今すぐにとかではないんですけど、皆さんを私の住んでる湖西市に呼びたいっていうのがあります。
https://www.city.kosai.shizuoka.jp/index.html
(國松)
行きたい行きたい!
(白井)
いま私がこの辺の観光大使みたいなのをやっていてですね。
(ヒザイ)
やってる!アイドルみたいなの。
(白井)
全然アイドルじゃないですけど、SNSとかも苦手なのにちょっと頑張ってやってるんですけど、皆さんにこの辺りの自然に触れていただきたいですね。自然はもちろん、結構歴史的な建物とかも多かったりするので、そういうところで面白いことをやりたいなって思ったりしてますね。
まだ「ここでやればいいじゃん!」みたいな場所の心当たりがあるわけではないので、観光大使をしている間にいろんなところでつながりを作って、いずれやりたいと思いながら今ちょっと考えています。
(ヒザイ)
ちなみに湖西市の推しポイントは自然ですか?
(白井)
そうですね。浜中湖とかが40分ぐらいで一周できるんですよね。ドライブとかもできたりしますし、今の時期だと生シラスがめちゃめちゃ美味しくて。
生シラスって結構ほろ苦いみたいなイメージがあるかもしれないんですけど、苦くない美味しい生シラスを食べてほしいです!卓ちゃんとかは出身が北海道なんで美味しい海の幸とかをご存知と思うんですけど。
(國松)
みんなにそう言われるけど、僕は旭川の山の中に実家があるから海は全然身近じゃないんです(笑)。
(ヒザイ)
大陸の方でしたね。
(白井)
海の幸もそうですし、食べ物もそうだし、やっぱこの辺りで私のすごいおすすめはトヨタグループの創始者の豊田佐吉記念館っていう、トヨタグループの礎を築いた方が生まれ育ったところがあって、その記念館が私は個人的にすごく好きなので、歴史とかが好きな人にはぜひ案内したいですね。
https://www.inhamamatsu.com/japanese/art/toyoda-memorial-house.php
(ヒザイ)
案内されたい!
(白井)
関所とかもあるので、そういう古い建物の中で演劇とかできたら面白そうだなって思ったり。
(國松)
へぇ、いいな面白そう。
(ヒザイ)
演劇を言い訳にしてみんなで観光しに行くっていう。
(白井)
そうですね。それはすごい理想ですね(笑)。本当にそういうことができないかなってちょっと企んでいます。
(ヒザイ)
いいね。やっぱり静岡は日本の中心だし。
(白井)
そうなんです。「日本の中心」っていう前向き花畑っていうところがあって、そこにあるベンチに座ると日本の中心に座ることができるという。
https://www.fujinokuni-mura.net/maemuki/

(ヒザイ・國松)
本当にあるんだ(笑)。
(白井)
本当に日本の中心かどうかは知らないですけど(笑)。
(ヒザイ)
さっき卓ちゃんも言ってたけど、明後日の方向にはいろんな地域のメンバーが参加してくれていると言いつつ、公演が東京ばかりになってしまったり、稽古をしようって言った時にもみんなに東京に来てもらうことが方が多かったりするんですよね。
この間、2月ぐらいに静岡で稽古会をしようとなった時には京都在住の”ちゃんみお”こと楠 海緒ちゃんも「静岡なら!」ということで参加してくれたりして。静岡はみんなが集まれるところだなと思っています。

そういう稽古とか公演とかイベントを言い訳にいろんなところに行くっていうのも明後日の方向の活動…なのか?
(國松)
これも活動として考えていきましょう!
(ヒザイ)
楽しくやりたいですね。
(國松)
演劇は楽しくあるべきだと思うので。
(ヒザイ)
そうやってハードルを下げて、Slack上でも「こういうのがやりたい」とか言うとだいたいみんな「いいじゃん!」「やろう!」みたいなリアクションがすぐついたりして。本当はいろいろ考えたら、「ちょっとお金が…」とか「スケジュールが…」ってなるはずなんだけど、明後日の方向だと「いいじゃんやろう!」っていうノリが生まれて、すごく気軽でいいなって思います。
だから行こう、湖西市。黒澤さんがコメントで「湖西ローザだ!」って言ってますけど。
(國松)
一日で湖西市で『ローザ』をつくってみる、というね。
(ヒザイ)
あれ、どこでもできるからね(笑)。
もともとの時間堂という劇団の『ローザ』っていう公演は卓ちゃんも私も出ていた4人芝居なんですけど、やどりぎ座でやった時にはとにかくやりたいって言った人をみんな出すみたいな方針で、結局8人くらいに役を分解して、「あなたはローザ1です」「あなたはローザ2です」みたいな感じで、めちゃくちゃでした。でも楽しかった。
(國松)
楽しかった。お客さんも集まってくれて。
(ヒザイ)
もともと自由度の高い芝居だから、分解して、だいぶカットして短くしても成立するというね。そんなことがありました。湖西市で『ローザ』をやろう!
(國松)
観光大使で、『ローザ』。
(ヒザイ)
湖西市の観光大使と『ローザ』。そういうノリでいきましょう。
それでは2025年度の明後日の方向の代表1、白井風菜さん。一年間よろしくお願いします。
(白井)
よろしくお願いします。
(ヒザイ)
ありがとうございました。
(國松)
ありがとうございました!
(白井)
ありがとうございました!
(了)